特別寄稿
わたしは歌
概要
2021年3月、映像人類学者の川瀬慈さんに再度、沖縄を訪問していただき、1年間のプロジェクトを振り返りました。浦添西海岸や浦添城址を歩き、これまでプロジェクトにかかわっていただいた方々と語り合い、本プロジェクトにとっても濃い時間となりました。
川瀬さんには1年目から本プロジェクトにかかわっていただいています。川瀬さんより、このプロジェクトでの出会いや体験をもとに、一篇の詩を寄稿していただきました。
わたしは歌
詩/川瀬慈
わたしは歌
浜辺で幼いこどもに拾われた貝殻
その奥からひろがるはるかな世界
わたしは歌
ガマの奥でたたずみ
巨大な岩の隅々までびっしり根を張りめぐらせ
耳をそばだてながら深い眠りにおちる昼下がり
わたしは歌
空から舞い降り
あなたの喉を潤し
産まれたての赤子を清め
農具や馬をきれいに洗い
苗代田をたっぷり満たす水の匂い
わたしは歌
人と海をむすぶ命のゆりかご
カーミージーの上から想像する未来
わたしは歌
豊穣をもたらす雨
豊漁をもたらす風
安穏をもたらす叡智
生と死のみぎわの凪
わたしは歌
イノーの時間
ハマとビシのあわい
サンゴ礁の内側
魚垣を築き 銛と鉤で貝をとり タコをとり 魚をつき 海藻をあつめ
豊かな恵みをもたらす里浜への感謝
わたしは歌
まーすけーいロード
抑えきれない胸の高鳴り
身なりを整えて遠出する夜明けの空
塩と交換するための薪の束
平らな道のあとの急な坂道
高らかに歌いながらいっきにかけのぼり
疲れたら松の木陰でひとやすみ
わたしは歌
島の救い主
鎮座する村の神々
あがめたたえられる伝説の巨人
石で包み封じた神墓の隙間から
こぼれでてきたかすかな調べ
わたしは歌
竹のかごを手に語りかけた少女
来年もいっぱい実ってね
ぐすくの前のイチゴたちの甘酸っぱい香り
わたしは歌
王家の栄枯盛衰をながめ
繰り返される愚かさを嘆き
脈々と流れ続ける小川のせせらぎ
わたしは歌
髪の毛に飾り指先を彩るてぃんしゃばな
幼い頃あなたを背負ってあやしてくれたお姉さんがお嫁に行く朝
わたしは歌
センダンの木をくりぬいて作った四角いタバコ入れ
野良仕事のあいまに刻む愉快なリズム
浜でのもあしび
すぐそこの辻でのもあしび
夜明けまで続く てんとぅるるん てんとぅるるん
てんとぅるるん とぅるるん てんとぅるるん
わたしは歌
島々に架かる虹の橋
航海の安全への願い
愛する人の帰りを待ちわびる想い
わたしは歌
あなたの喜びと哀しみによりそい
心の奥底に咲かせる花
木々の間からふりそそぐ木漏れ日
わたしは歌
いにしえの鼓動にあわせた明日の踊り
まんなかに線を引くことも四角に区切り分割することもできない祈り
わたしは歌
平和への望み
さあ勇んででかけようか
あしびとぅいけー
色とりどりのごちそうが待つ
村々のにぎやかな交流
わたしは歌
神の手が働く場所
記憶のかなたで揺り起こされ
芽吹きはじめた若葉
わたしは歌
埋めたてることのできない歌
無数の杭を打ち込まれながら
淀みなく流れて世界をめぐりゆき
あなたの足元に戻ってくるさざなみ
わたしは歌
今を生きる歌
人々と歩みゆく歌
幾多の時代をめぐりゆき
わたしとあなたをつなぐ歌
著者プロフィール
川瀬慈(かわせ・いつし)
1977年生まれ。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。専門は映像人類学、民族誌映画制作。2001年よりエチオピア北部の地域社会で活動を行う吟遊詩人、楽師たちの人類学研究を行っている。同時に人類学、シネマ、現代アートの実践の交差点から、イメージや音を用いた話法を探究する。主な著書に『ストリートの精霊たち』(世界思想社、2018年)、『エチオピア高原の吟遊詩人:うたに生きるものたち』(音楽之友社、2020年)、『叡智の鳥』(Tombac/インスクリプト、2021年)など。